むかしばなし
むかし、あるところに一人の男がいました。
その男は紙芝居と演劇がだいすきでしたが、毎日を退屈にかんじていました。
あるとき、とある劇団がたいへん人気であるらしいという噂を聞きました。
男は噂の劇団に興味がわき、観に行く事にしました。
劇団は女のひとだけで構成され、美しいひとばかりでした。
そして男は驚きました。
なぜなら、男がだいすきな紙芝居と全く同じ内容を、歌って踊る演劇でひろうしていたのです。
男はたいそう満足し、すぐにこの劇団に夢中になりました。
お金がなかった男は暑い日も寒い日もがんばって働いて、かせいだお金を演劇だけにつかいました。
しだいに男には、劇団の女のひとたちは天女のような存在に思えてきました。
男は毎日がしあわせでした。こんなにたのしいことがずっと続けばいいのにと思いました。
しばらくたち、ある噂が流れはじめました。
劇団の女のひとと似ているひとが、悪い別の劇団でも演劇をしているという噂です。
男は、そんなはずはないだろうと思いましたが、たしかめる為に悪い劇団にも演劇を観に行きました。
するとなんとそこでは、確かに夢中になっていた劇団の女のひとと、瓜二つの女のひとが演劇をしていました。
しかも、それはひとびとに嫌われる悪い演劇でした。
噂はすぐに広まってしまい、ほんとうの事が分からないままに、夢中になっていた劇団は解散してしまいました。
男は食べ物がのどをとおらないくらい悲しみました。
そのころ世間では、たいへんな人気だったあの劇団と同じような演劇をいろんな場所でするようになっていました。
むかしのしあわせだったころが忘れられない男は、いろいろな劇団に演劇を観にいきましたが、どうしても夢中になることができませんでした。
男は、自分が怖がりになってしまっていることに気付きました。一度しあわせになってから、それが無くなってしまうことを怖がるようになってしまったのです。
男は考えました。考えた末に、それなら最初からしあわせな気持ちにならなければいいと思いました。天女のようなひとはいる訳がないのだと思うようになりました。
しだいに男は紙芝居も演劇も観なくなってしまいました。
男はたいくつに感じていたむかしよりも、もっとたいくつになってしまいました。
おしまい。